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2018.04.23

歴史を読み、今を理解すると未来が見えてくる

石臼でひいた十割そばが290円から食べられる「蕎麦冷麦 嵯峨谷」やA4〜A5ランクの和牛が1枚から注文できる「立喰い焼肉 治郎丸」など、次々と革新的な業態を生み出し、飲食業界で注目を集めている株式会社越後屋の江波戸千洋社長。
江波戸さんが新たに手がけたのがGEMS神宮前にオープンした「鮨処 虎秀」だ。
なぜ寿司なのか、その戦略や今後の展望、新業態のアイデアを生み出す秘訣を伺った。
 

すべてを捧げてきた野球からの方向転換

江波戸さんの経歴はちょっと特殊だ。28歳頃までは野球一筋。社会人野球の名門、川崎製鉄の実業団に所属し、ピッチャーとして活躍してきた。
 
「右肩を下にして寝たことがないくらい、20年間すべてを野球に捧げてきました。それがある日クビになり、その後営業に異動したんですが、全然合いませんでした。毎日ぬるま湯に浸かっているような日々で、どうしようかと思っていた時に、ちょうどかわいがってくれていた知り合いの社長さんに『飲食でもやる?』と言われ、即決して次の日会社に辞表を出しました」
 
人生の大きな方向転換。最初に手がけたのは、セルフのうどん屋だったという。これが、江波戸さんの飲食店経営の最初の一歩だ。経営の勉強はどこでしたのだろう。
 
「セルフのうどん屋がオープンするまで1年くらいあったので、そこで勉強しました。野球を通して“上に行くためには、1つのことを極めないと通用しない”とわかっていたので、経営の中でも何を自分の専門とするかを決めました。それが“マネジメント”です。1年間、マネジメントに焦点を絞って、関連する本を何百冊と読み漁りました。幸か不幸か、ずっと野球しかしてこなかったので、頭の容量には空きがたくさんあって、そのまますーっと入ってきたんです。その結果、経験はなくても“これをやればうまくいく”というイメージができました」
 
野球をしてきたことで今に活きていることがもう1つあるという。それは、食べることに対する考え方だ。
 
「野球漬けの時は、体づくりをしなければならなかったので、栄養素で食べ物を選んできました。だから、何がおいしくて何がおいしくないかがわからなかったんです。でも、そのおかげで “売れる味”と“売れない味”がわかるようになったと思います。おいしいものは売れるはずだと料理人は思うかもしれませんが、必ずしもそうではないですよね。おいしいというのは、たまたまその人の口に合っただけかもしれない。そういう“まぐれ”は、怖くてできません。世の中にはいろいろな売れる味があるんですよ。毎日食べられる売れる味、月1回しか食べられないけれど売れる味、単価の高いお客さんに売れる味、単価の低いお客さんに売れる味。そういうことを深く考察していくと、どこで、何を、どういう形でつくればいいかが見えてきます」

歴史の流れを読み、ギャップを見極める

セルフのうどん屋は、“セルフ”でありながら各所に人員が必要になり、人件費もかかる。うどん屋の次に江波戸さんが手掛けたのはセルフのカレー屋だった。
 
「“1グラム1円カレー”というのをやりました。カレー3種にごはん3種、トッピング数種類を置いて、お客さんが好きなように器に盛っていきます。そして、最後に器を引いた分の重さをはかって、720グラムなら720円というシンプルな仕組みにしました。これなら仕込みから会計まですべて1人でまわすことが可能です」
 
1グラム1円カレーは、うどん屋の近くにあった居酒屋の店舗を昼だけ借りる形で始めた。場所、時間などすべての要素を効率化することは、その後江波戸さんが手がけるどの業態でも大前提となっている。
 
「セルフのうどん屋だと、どうしても夜が弱いんですよね。そこで、夜は看板も内装もすべて変えて干物中心の居酒屋を始めました。昼に来ていたお客さんが夜に店の前を通りかかったら「あ、このうどん屋つぶれたんだ」と思ったはずです。とにかく昼と夜の雰囲気をガラリと変えて完全な二毛作にしました。居酒屋の経営については、すごく仲が良かった「つぼ八」創業者の石井誠二さんに教えていただきました。そのうち、うどんと干物居酒屋の二毛作ではなく、より効率化を考えて、昼は干物の定食屋、夜は干物居酒屋という二毛作になりました。そうしてできたのが「越後屋」です」
 
現在全国展開する越後屋には、「越後屋 吉之助」や「越後屋 竜之介」などさまざまな店舗名がある。これはどのような戦略なのだろうか。
 
「チェーン店って、どこの店舗に行っても味や価格が同じことが多いですよね。昔は安心感があるということでそれが求められていました。でも、1店舗行って、その店がダメだったらほかの店舗には行かなくなってしまいます。今の時代、それがリスクになるんです。越後屋は店舗によってメニューも味も価格も違います。時代に合わせて、チェーンだけれどそれぞれの個性を出すという戦略をとっています」
 
時代に合わせた業態を生み出す秘訣を聞いたところ「歴史の流れを読むこと」という答えが返ってきた。
 
「飲食業界全体もそうですが、1つの業界には必ず歴史の流れがありますよね。たとえば寿司だったら屋台の寿司から、イートインが中心になって、宅配が生まれて、今みたいな高級店と回転寿司に分かれていって……みたいな。そんな風に、業界のなるべき姿をつくっていくことですね。過去の流れと今の状況をしっかり理解すると、未来の姿が見えてきます」
 
では、立ち食いそば業界に新旋風を巻き起こした「蕎麦冷麦 嵯峨谷」はどのようにして生まれたのだろう。
 
「リーマンショックとか東日本大震災があったとき、にぎやかな居酒屋とか高級な飲食店って自粛ムードがありましたよね。でも、立ち食いそばは何も変わらなかったんです。これは強いなと思いました。調べてみると、立ち食いそば業界ってすごく寡占状態で、大手チェーン3社がほぼ独占状態でした。しかも、お世辞にもおいしいとは言えなかったじゃないですか。立地だけで勝負しているようなところがあった。これは、ちゃんとやれば絶対に勝てるなと思いました。大手チェーンの立ち食いそばって、その当時小麦粉とそば粉の割合が“八二”みたいな状態でしたからね。値段はぴったり同じで、うちはそば粉が十割。もう余裕勝ちですよね」
 
新規参入しにくく停滞していた業界に切り込んだ形になる。では、「立喰い焼肉 治郎丸」は?
 
「焼肉屋の業態ってすごく古いんですよね。“1人前”と言って出てくるのが5〜6枚くらいだったりして、それだと1人で食べられるのが1種類か2種類になってしまいます。4人くらいで食べることを想定したメニューがベースになっていて、業界的なイノベーションが長年起こっていなかったんです。一方、時代は核家族化が進んで、スーパーでも1人〜3人をターゲットにした商品が増えていました。そんな風に、転換期が来ていたのに、焼肉屋業界はまったくの無視でした。いい肉って、1枚で十分満足できるじゃないですか。僕自身も含め、いい肉を少しずつ食べたいと多くの人が感じていたんです。従来の焼肉屋でそれをやろうとすると、1人の単価が1万円とか2万円とかになってしまいます。焼肉って、食べながらだらだら飲んだりする人が意外と少なくて、じつは回転の速い商売なんです。だから、いっそのこと立ち食いにしてしまおうと思いました」

時間という遺産を活かした無敵の未来構想

時代が進む中で、必ず生じてくるギャップや新たなニーズを的確にとらえ、業界に革命を起こしてきた江波戸さん。GEMS神宮前にオープンした「鮨処 虎秀」はどんな店なのだろうか。
 
「価格を抑えて、本当においしい寿司を食べてもらいたいと思っています。毎日は食べないけれど、たまに食べたときにすごくおいしく感じる寿司。その絶妙なバランスを狙っていきたいです。神宮前という立地的に、飲みの需要もあると思うので居酒屋系のメニューも揃えて、使い勝手のいい店にしていきたいですね。それから、これは今後の話なんですが、世界の珍しい魚種の寿司も展開していこうと思っています。流通の問題とか、現地の漁師の教育も課題なので、じっくり時間をかけてという感じですね」
 
時間をかけて取り組むことと、次から次へと新業態を生み出すスピード。その絶妙なさじ加減が、江波戸さんの手腕なのだろう。江波戸さんが今後目指すのは?
 
「最終的には和のファミレスをつくりたいと思っています。今もそういうファミレスはありますけど、はっきり言ってあまりおいしくなくて高いですよね。そば1つで600円〜700円くらいする。たとえば、このあまりおいしくなくて高いそばだけを切り取って、都内でそば専門店を出したらどうでしょう。一瞬でつぶれると思います。今の和のファミレスは、ただ和食がそろっているというだけで成り立っていて、進化が止まっているんです。一方、時代は高齢化に向かっている。そして、世界的にも和食が健康的だと知られている。低価格で、高品質で、専門性のあるメニューが食べられる和のファミレス、売れるに決まっています」
 
これまでさまざまな業種を手掛けてきた江波戸さんが目指すのは、和のファミレス。その前に寿司屋をやることの意味は?
 
「前ふりが長かったですが、これで話がつながりましたよね。うどん、干物、そば、焼肉、それに鰻、カツ丼、親子丼もこれまでやってきました。そして最後に寿司が加わります。そういう和のメニューを1つずつ専門で、一番過酷なビジネス街で生き残れる店舗をつくってきました。これを全部1つにまとめたファミレスをつくります。どれをとってもヒーロー。メジャーのオールスターゲームみたいですね」
 
なんと、これまで手掛けてきた1つひとつの業態が、壮大な“和のファミレスプロジェクト”の一貫だったとは。しかしこの話、もしかして企業秘密だったのではないだろうか。公開して良いものか、不安になり聞いてみた。
 
「全然、原稿にしちゃってOKですよ。というか、他の企業には真似できないですから。参入障壁をいかに高くするかというのは、経営で大事なことです。時間をかけないと絶対にできないことってあるんですよ。僕は、昔から時間に対する戦略を重要視してきました。時間という遺産を活かせば、後からは追従できない。そういう強みを作ってきましたから。僕が手掛けてきた業態1つですら、真似するのは大変だと思います。それが一気にオールスターになったら、もう全てを再現することは不可能ですよ。そんな無敵の和のファミレスで勝負します」
 
そんなファミレスが完成したら、今の業界はどうなっていくのだろう。大激震の予感に緊張を覚えつつ、江波戸さんの手がける和のファミレスが楽しみだ。
 
文/明道聡子
写真/甲斐啓二郎

江波戸氏が手がけた新店舗「よりぬき魚種 鮨処 虎秀」が4月27日GEMS神宮前にオープン!
http://www.gems-portal.com/shop/detail.php?id=63

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